パソコンがなければポンコツなアラフィフのフリーランスがこの先生きのこるには

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久々にX(旧Twitter)でバズった。というか、Xになってからは初じゃないだろうか。

何気なくポストしたんだが、思った以上に反響があった。

WebやIT業界って、「パソコンがあるからなんとか仕事できるけど、なかったらわりと人生詰んでる」系の社不な人たちの受け皿みたいなところがないだろうか。いや知らんけど。

パソコンで有難いのが、「ミスが許される」ことだ。もちろんWebだって本番公開する時にはミスが許されない(といいつつ、公開後にバグが見つかってということも少なからずある)が、ミスっても人は死なない。医療系とか金融系は知らんけど。

一昔前ならとりあえずググればヒントなり答えがみつかるし、今ならハルシネーションはあれどAIがなんでも教えてくれるどころか、何ならすべてやってくれる。コミュ障でもメールやSlackなら、会話よりもゆっくり言葉を選んでコミュニケーションをとれる。

よく「障害」の在り方を語るときに、「メガネがないと『障害者』になる人は多い」という主旨の事が言われる。僕も裸眼では目の前のディスプレイの文字すらまともに読めないので、メガネがなくなったら日常生活に支障が出る。あっという間に「障害者」の出来上がりである。「障害者」なんて、特別なものじゃない。

パソコンも実は似たところがあって、Web・IT業界には「パソコンないと『障害者』」な人が少なくないのではないだろうか。もちろんこれは侮蔑的な意図はない。「障害」とは「人」にではなく、「社会」に存在するという考え方がある。段差がある階段は足が悪い人にとっては階段こそが「障害」である。パソコンがなかった頃の社会には、そういった「障害」が少なからずあったのではないだろうか。パソコンの普及により、「ハンディキャップ」のある人も職を得やすくなったという話だ。もちろん、その一方「誰でもできる」仕事が多くあったものの、それが機械で自動化されていったという側面もあるだろう。

たぶんこれだけ「いいね」がついたのも、そういった「パソコンがあるからなんとかやっていけたけど、AIで仕事が奪われたらどうすりゃいいのさ!?」と不安な人が多いからだろう。パソコンはそんな僕らを救ってきてくれた。少なくとも今までは。

20年選手という名のポンコツフリーランス

フリーランスのWeb屋として20年近くメシを食ってきたが、僕はパソコンがないとポンコツだ。

学生時代にアルバイトを多少やったが、要領の良い方ではなかった。アレなので言葉は濁すが、まあお察しください、そっち系の人だと思って頂ければいい。注意散漫、短期記憶もダメ。
定番のコンビニのバイトをしたことないどころか、3回面接受けて3回とも落ちた。本屋のバイトはしたことがあるが、遅刻ギリギリで出社するわ、物覚えも悪いわ、いまいち同僚ともうまくいかず、当時体調が悪かったこともあり、それを大義名分に逃げるように辞めた。
ビラ配りやクロネコヤマトの荷物の仕分けのバイトならしていたが、飲食のバイトなんかは絶対にメシをひっくり返す自信があって、応募をしようと思ったことすらない。

いろいろあってWeb制作会社に就職して、フリーのWeb制作事務所として独立したが、パソコンがあるから、メシを食ってこられた。真面目にそう思う。

奇しくも今朝もOpenAIからGPT-6 Astraの発表があり、「PCでできることは、すべて代行できる」という。「ギュられる」なんて言葉も出てきたように、AIの進化によりWeb・IT関係者は「仕事が奪われる」リスクをヒシヒシと感じるようになってきている。もちろんAIが得意な「現場」の作業者ではなく、より上流の工程に関わるようになればまだ多少違うのかもしれないが、その椅子にも限りがあるだろうし、いつまでその椅子があるかもわからない。

街中でも生成AIによるポスターを見かけることが増えてきた。なんならはてなの増田でも、AIでの釣り投稿が増えた。

僕自身、ChatGPTは初期から使っているし、Plusができた時は喜び勇んで課金した。最近ではCodexアプリやClaudeアプリをガンガン使っていてエディタを開く機会が激減した。よく言われるように、AIに「外注」してチェックをするだけの人になる。それはそのまま、クライアントがAIを使えばいいという事との紙一重だ。
AIの恩恵を受けつつも、いつ自分が不要になるか、ヒヤヒヤしながら使っているのが実情だ。

とはいえ、もちろんそれなりのアウトプットを出すためには知識が必要だ。生成AIによるイラストが指を6本描写したり、変な所から腕が生えてたり、文字がおかしかったりして炎上するように、コーディングでも人間がしないようなミスをすることがある。そういう意味ではAIの落穂拾いとでもいうか、デバッグだけというつまらない部分を人間が担当することになる。しかしそれすら減っていくだろう。

よくいわれるように、決断と責任をとるのだけが人間の役割になる。
そうやって人が仕事を奪われた後、僕らに残る仕事はなんだろうか?

いまさら職種替えができるのか?

昨今、若者がギュられるホワイトカラーから、ブルーカラーへの転身する話題を目にする機会が増えた。
タクシー運転手、20代前半で年収500万円迫る 配車アプリが経験補う – 日本経済新聞

もちろんタクシーなんかもそのうち自動運転に取って代わられかねないだろうが、他にも寿司職人で年収1000万とか、エアコンの工事などで稼いでいる人なんかのニュースも見る。
中国の介護ロボットも本格化してきているようだが、まだ人でないとできない事は、少なからずある。

しかし僕はポンコツなのだ。しかもコロナ禍でリモートが普及するよりはるか前から、20年近く自宅兼事務所で、引きこもりみたいな生活を送ってきた。体力がない。なんだったら打ち合わせでも飲み会でもいい、2時間も人と話すと声が枯れ始める。人として危機を感じる。運転免許もいちおう持っているが、免許を取ってから一度しかハンドルを握らず20年近くが過ぎた。事故る自信しかない。

タイミングの悪い事に、僕が五十路を迎える頃にはインボイスの3割特例がなくなる。本筋から反れるので詳細は省くが、課税事業者になったので所得から10%を消費税として納めなければならなくなる。信じられるだろうか、法律が変わっただけで、収入が強制的に10%減るのだ。大変きびしい。

実際、同年代のフリーランスでも、インボイスが始まる前に正社員になった人は多かった。2029年前後には、また増えるだろうが、僕は50を迎える。50を越えて再就職できるのか? どんな仕事に?

いちおう「WordPressなら任せて」とは言えるが(ちょっと怖いが)、器用貧乏なフリーランスなので残念ながら「PHPもデザインもバリバリいけまっせ」というわけにはいかない。ご縁があって、有難いことに多少有名な企業の仕事をさせてもらったことはあるが、Web系で恐ろしいのが、実績が消えていくのだ。大きい会社ならリニューアルされていく。小さい会社なら倒産する。もちろん、言葉としてどういう実装をした、どんなプロジェクトだったとかは言えなくはないが、諸行無常である。

アラフィフの社不フリーランスに再就職先はあるのか

何より40歳でさえ難しいのに、五十路を越えて、しかもずっとフリーランスでやってきた人を迎え入れてくれる会社があるのだろうか。実は四十路を迎える直前に、正社員として勤めた時期も僅かながらあったが、残念ながら一年もせずに辞めている。上司との関係やら評価制度やらが、かなりトラウマになっている。前述の若者のように、ギュられるリスクが少ない非Web・IT系の企業に今更勤められるとも思えない。会社員経験が3年にも満たない「新入社員」。CTOをやってましたとか華々しい経歴や実績があれば別だが、企業側があえて採りたいと思う人材ではないだろう。

さらに実は一昨年、廃業の危機に陥って、初めてエージェントに登録していわゆる「業務委託」をした。直接契約の業務委託契約をしたことはあるが、リモートとはいえ週5でフルでの契約は初めてだった。それまで避けてきたGitとかも本格的に覚える事ができて大変有意義だったし(GitHubはチームで使わないと実務では意味がない)、反面、世間では当たり前のスキルを習得していなかった自分の甘ったれた不勉強さに、空恐ろしくなったのも事実だ。どうしても一人で仕事をしていると、自分の都合の良い技術しか使わなくなる。

今後フリーとして続けていけるか、それとも社員になるのか、まったく別業種につくのか、それはわからない。逆に言うと、それを決めないから、不安になるというのはある。
何はともあれ、そんなに怖がってもどうしようもない。

もし再就職せざるを得ないのであれば、できればあんまりITに強くない会社に入って、「パソコンの先生」としてAIを駆使して無双したい。
なろう系は全然読まないくせにそんな妄想を抱きつつも、今のいい加減な生活から離れられそうにないので、なんとかしてフリーランスとして食っていきたい。社員になろうが、フリーランスで居続けようが、精進しなければ続かない。それならば、せめて自分の好きな生き方を貫き通すための努力をすべきだろう。

はやく宝くじ当たらないかな。

あ、カオスになったWordPressの改修とかも承っております、はい。

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