【小説】五通の葉書

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「お願いします、この葉書を、二人に届けてください」
彼は再び言った。「わかりました。必ず、お二人にお届けします」
届くはずのない宛先を見て、しかし彼は力強く、そう答えた。

 

 

4.最後の手紙
お母さんへ
おげんきですか?
きょうはとってもいいことがありました。このまえケンカしたゆうすけくんと仲なおりしました。ケンカしてからずっとおしゃべりしてなかったんだけど、お母さんが作ってくれたかばんを「それ、かわいいな」とほめてくれました。
「お母さんが作ってくれたんだよ」というと、「おまえのお母さん、すごいな」といってくれました。そのあと、まえみたいにゆうすけくんとおはなししながら家にかえりました。おかあさんのかばん、とってもとってもだいすきです。
あや子より

 

 

1.一通目の手紙
お母さんへ
おげんきですか?あや子はげんきです。
夏休みが終わってがっこうがはじまりました。
ひさしぶりにおともだちとあえるので、とても楽しいです。お母さんも、お友だちはできましたか?きっとやさしい人たちがたくさんいるとおもうので、みんなでなかよく楽しくしてください。
あや子より

 

 

2.二通目の手紙
お母さんへ
おげんきですか?
きょうはともだちとケンカをしてしまいました。
お母さんがいないことをゆうすけにんにからかわれて、わたしがぶったら、ゆうすけくんがぶちかえしてきました。いたくて、それよりもくやしくてかなしくて、泣いてしまいました。こんなに泣いたのは、お母さんがいなくなってからはじめてです。
泣いてたらせんせいがきてくれて、ゆうすけくんをおこって、ゆうすけくんがあやまってくれました。おかあさんはいつも「あや子はやさしいこだね」といってくれたけど、ゆうすけくんにはやさしくできないかも。
ごめんね、お母さん、ゆうすけくん。
あや子より

 

 

3.三通目の手紙
お母さんへ
おげんきですか?
今日はあや子の誕生日でした。お母さんがいなくなってはじめての誕生日です。お父さんとあや子の大好きないちごのケーキを食べました。お母さんにも食べて欲しくて、それをお父さんにも言ったら、「あや子は本当にやさしい子だね」と、ぎゅっと抱きしめてくれました。でもお父さんはないてしまったので、ごめんねとあやまりました。
おぶつだんにおそなえしたケーキはおいしかったですか?
お母さんがいなくてさみしいです。きっとお父さんも、さみしいです。お母さん、会いたい。
あや子より

 

 

 

 

彼はその三通の葉書を読むと、声をあげて泣き始めた。
応接間に号泣が響き渡る。
対応している迷子郵便物の吉田も、目を潤まさざるを得なかった。

重い時間が、流れた。

四通目の手紙を出すときに、居眠り運転のトラックに轢かれ、彩子はたった七歳の短い生涯を閉じた。
母への手紙の宛先はすべて「てんごくのお母さんへ」だった。
届くはずのないその宛先を見て、父の宮本良介は、藁にもすがる思いで郵便局に問い合わせをし、「迷子郵便」の存在を知った。
宛先不明で戻りの住所が書いてない手紙は、「迷子郵便」として、三ヶ月間保管される。 何通送ったかもわからないその手紙は、すべて保管されていた。

母のさつきが亡くなった1ヶ月後に、彩子は手紙を出し始めたようだ。 夏休みがあけたという手紙以前には、「てんごくへの手紙」はなかったと局長は告げた。
彩子が少ない小遣いのなかから、葉書を買って出したのは三通。そして四通目を出すその時、彩子はその最後の手紙を持ったまま、天国の母親の元へと旅立ってしまった。

彩子の手紙を受け取った翌日、良介はまたR局にやってきた。
彼は吉田に会いたいと職員に告げると、事情を知っていた職員には応接間へと父を通した。
「昨日は手ぶらで失礼しました」
菓子折を渡したあと、しばらく沈黙し、やがて堰を切ったように話し出した。
「迷子郵便のことはいろいろ調べたのですが、最後には供養塔で供養していただけるのですね。私には余計な心配をかけたくなかったのでしょう。何の相談もなく手紙を書いていたので、彩子には怒られるかもしれないけど、供養される前に彩子の手紙を読めてよかったです」
訥々とした口調だったが、我が子の思い出話を語る良介の表情は、昨日よりも心なしか生き生きとしたものに吉田には見えた。
「すみません、長々とお話してしまって……」
照れ臭そうに頭を下げる。
「無茶で、子どもじみたお願いだとは思います」
彼はカバンから、一通の葉書を取り出した。
「これを二人に届けてもらえませんか?」
吉田は、その葉書をしっかりと受け取った。
宛先は「天国のさつきと彩子へ」と書かれていた。

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